- AIのおかげで、思考のコスパが爆上がりした
- AIは思考を肩代わりしてくれる。でも、脳は疲れる
- トレーニング効率が2倍になったら、練習量も2倍にする?
- 脳の休息って、何だろう
- スポーツ界は、休息をどう扱っているのか
- AI時代には、仕事の負荷と回復を一緒に設計する
AIのおかげで、思考のコスパが爆上がりした
先日、ChatGPTと一緒に、ある研究ノートを書いた。
組織の仕事を前に進める行動を評価する「Unblock」という構想について、既存の理論を7つほど調べ、それぞれを比較し、自分の構想との共通点や違いを整理する。さらに、そこから論点を見つけ、結論をまとめ、文章にする。
これが、午前中の4時間半ほどで終わってしまった。
以前なら資料を集めて読むだけでも相当な時間がかかっただろう。それが、AIのおかげで調査も整理も文章化も、驚くほど速く進む。
いやあ、AIってすごい。知的生産のコスパ、爆上がりじゃないか。
ところが、書き終えた私は、すっかり疲れ切っていた。
最後は「もう直さないからね!」とChatGPTに宣言して、記事を公開した。
もっと考えたいのに、脳の方が先に音を上げてしまったのである。
AIは思考を肩代わりしてくれる。でも、脳は疲れる
AIは、人間の思考の一部を肩代わりしてくれる。
情報を探し、比較し、整理し、仮説を立て、文章にまとめる。以前なら自分で時間をかけていた作業を、かなりの部分まで引き受けてくれる。
しかし、AIが考えたことをどう扱うかは、人間の仕事だ。
提案を採用するか、修正するか、却下するか。何をもっと考えたいのか。自分の考えをどう言葉にするのか。
しかも、AIの返事は速い。
人間との会議なら、相手が考えて話している間、こちらは聞く側になる。自分の考えを組み立て、言葉にする作業から、一時的に解放される時間がある。
AIとの対話では、こちらが考えを投げると、すぐに返事が来る。
それを受けて考えを深める。また返事が来る。さらに考える。
そして、思いもよらなかったところに話が跳び、引っ張られて自分の思考も跳んでいく。
面白い!
だから、どんどん進んでしまう。
人間同士なら何日もかかったかもしれないところまで、もしかしたら到達できなかったところまで、数時間で到達できる。
しかし、その間、人間の脳も高密度で働き続けている。
AIが思考を肩代わりしてくれることで、かえって人間が短時間に大量の思考を進められるようになる。
思考の生産性が上がることと、疲れなくなることは、同じではないのだ。
トレーニング効率が2倍になったら、練習量も2倍にする?
ここで、スポーツの話をしてみたい。
仮に、あるアスリートが新しいトレーニング機器を導入したとしよう。
従来よりも効率よく筋肉に刺激を与えられるようになった。短時間で、これまで以上のトレーニング効果が期待できる。
さて、どうするだろう。
「素晴らしい! 今までと同じ時間だけ練習すれば、もっと負荷をかけられるぞ!」
そう言って、単純に練習量を増やすだろうか。
もちろん、まだ余力がある選手なら、それでいいかもしれない。
しかし、すでに十分な強度でトレーニングしている選手が、負荷をさらに増やし続けたらどうなるか。
疲労が蓄積し、パフォーマンスが落ちる。十分に回復できなければ、故障につながることもある。
トレーニング機器の性能が上がったからといって、選手の身体の負荷耐性や回復能力まで、同じように向上したわけではない。
効率が上がった分だけ負荷を増やせば、最後は身体が壊れるかもしれない。
考えてみれば、当たり前の話だ。
では、AIを使った知的労働はどうだろう。
AIによって、これまで8時間かかっていた仕事が4時間で終わるようになった。しかも、仕事の品質まで上がった。
それだけなら素晴らしい話だ。
しかし、その4時間で、以前なら8時間かけて取り組んでいた以上の思考を重ねていたとしたら?
人間の脳にかかる負荷も、短時間に集中しているかもしれない。
では、残りの4時間にもう一件、同じ仕事を入れたらどうなるだろう。
それ自体が悪いわけではない。十分な余力があるなら、生産性を2倍にするのは望ましいことだろう。
問題は、もともと高い密度で働いていた人が、AIによってさらに加速できるようになった場合だ。
何日もかかりそうな研究ノートが、4時間半で完成する。
その4時間半は、決して軽い4時間半ではなかった。
処理速度が上がったからといって、疲労が蓄積しなくなるわけではない。
むしろ、短時間に大量の思考を進められるからこそ、疲労する速度も上がることがあるのではないか。
脳の休息って、何だろう
研究ノートを書き終えたあと、私は昼食を作った。
休日の定番のひとつ、ちゃんぽんである。
中華鍋で野菜を炒める。鍋を振り、野菜の動きを見て、腕を微調整する。
身体も、それを動かす脳も働いているはずなのに、感覚としては頭の中はからっぽに近い。これが、なかなか心地よい。
昼食を食べ、ゲームをして、しばらく休んだ。
そして2時間ほどすると、別のテーマについて、またChatGPTと企画会議を始められた。
とはいえ、午前中の研究ノートの続きをやれと言われたら、きっと嫌だったと思う。
どうやら思考の疲れ方と回復の仕方は、単純ではないらしい。
何もしないことだけが休息ではない。料理のように、身体を動かすことが頭の休息になる場合もある。
そして、同じ思考作業でも、執筆の続きは嫌なのに、別の企画なら考えられる。疲労も回復も、作業の種類によって現れ方が違うのかもしれない。
休息の取り方も、まだまだ勉強と工夫の余地がありそうだ。
スポーツ界は、休息をどう扱っているのか
近年、スポーツ界では、練習量や強度だけでなく、疲労と回復をどう管理するかという話をよく耳にする。
かつてのように、長時間練習すること自体を美徳とするのではなく、ジュニア世代でも十分な睡眠や休養を確保することが重視される。
トップアスリートの休息へのこだわりも、よく話題になる。
例えば、大谷翔平選手。
彼は睡眠を非常に重視しており、2024年の取材では、合計10時間ほど眠っていると語っている。
試合やトレーニングに全力を尽くすだけでなく、身体を回復させることにも時間を使う。
休息は、練習をサボる時間ではない。次のパフォーマンスを生み出すための、トレーニングの一部なのだろう。
もちろん、スポーツ界でも休息の考え方は一様ではないし、昔から回復を重視してきた指導者もいる。
ただ、練習の効果を最大化するために、練習の量と強度だけでなく、回復まで含めて設計するという発想は、今や珍しいものではない。
さて、知的労働はどうだろう。
AIによって仕事の密度を引き上げることには熱心だ。しかし、その反作用として生じ得る疲労や、回復に必要な時間については、どれほど考えているだろうか。
AI時代には、仕事の負荷と回復を一緒に設計する
誤解のないようにしておきたい。
私は、AIで仕事が速くなったからといって、その分の仕事を増やしてはいけない、と言いたいわけではない。
体力が十分にあるなら、AIを使って2倍の速度で2倍の仕事をすればいい。
経験の浅い人が、AIを使って試行錯誤の回数を従来よりも増やし、早く一人前の生産性を身につけられるなら、大いに活用すべきだろう。
それはAIの大きな価値だし、仕事の生産性を高めること自体は、歓迎すべきことだと思う。
しかし、人間の負荷耐性には限界がある。
AIが思考を肩代わりしてくれることで、以前より高密度で仕事を進められるようになった。
だからこそ、その高密度化に見合った休息の設計が必要になるのではないか。
私自身は、AIとの対話で考えがどんどん進んでいるとき、途中で作業を止めたくない。
ならば、集中できる時間は思い切って集中する。その後で、まとまった休息を十分に取る。午後にもう一度考えるなら、別の種類の仕事を選んでみる。
そんなやり方も試す価値があると思っている。
ただ、これは一つの試行案にすぎない。人によって、仕事の密度も疲労の仕方も、回復に必要な時間も違うだろう。
大切なのは、AIが速くなったことだけを見て、人間も同じだけ速く、長く働けると考えないことではないか。
AIが仕事を速くした分、もっと仕事を増やすべきなのか。
答えは、増やせるなら増やせばいい。ただし、人間がその負荷に耐え、回復できる範囲で、ということになる。
トレーニング機器が高度化しても、アスリートの身体が無制限に強くなるわけではない。
AIが高度化しても、人間の脳が無制限に働けるようになるわけではない。
AI時代の知的労働では、生産性の向上と、その反作用としての疲労・回復を一組にして考える発想が必要なのではないだろうか。
スポーツの世界で、練習と回復を一組にして考えるように。
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Written by KAJI, powered by ChatGPT.