2-2 まず何から話すのか

失敗例~ごめん。何の話だっけ?

「城市さん、少しお時間よろしいですか。相談したいことがあるのですが」
部下の武下君が話しかけてきた。
「ちょっと待って・・・。いいよ。何?」
私は、午前中の打ち合わせメモをメールで送信した後、武下君に話を促した。
「ありがとうございます。実は、開発部の担当から作業日を変更できないかと相談を受けています。私としては、すでに作業日程を顧客にも伝えてしまっており、今からの変更は難しいのではないかと思っています。私の準備としては、日付を変更しても・・・」
「ちょっと待って・・・」
「はい?」
私は、話の腰を折った。
「ごめん。何の件だっけ?」

相手に周辺情報を準備させる

 説明を聞く際には、どういう要件だったか、どういった経緯だったかなど、周辺の情報を呼び起こした状態で聞かなければ、うまく話を理解することができません。逆にいうと、説明を始める際には、聞く相手の頭に内容が入っていきやすいように、聞く側の脳に、これから話すことに関連した情報を準備させる必要があります。
 会話例では、聞く側が、これから何の話をするのか、何も準備できていない状態で話が始まっています。結果、「何の件だっけ?」と話を中断することになっており、会話が失敗しています。

説明
聞く側の脳内
営業部の担当から 武下君と開発部が関わる案件ってなんだっけ
作業日の変更 武下君に指示しているうち、どの作業の件だろう
すでに作業日程を顧客にも伝えて 顧客に伝えている作業ってなんだっけ
今からの変更は難しい そもそも、なんの作業だっけ
私の準備としては これ以上、話を聞くことに意味がないな。仕切り直そう

なぜ、何の件か通じないのか

 この場面での失敗の原因は、何の件かを相手に伝え間違っていることです。「開発部と行う作業」では通じていなかったのです。
 説明が始まる時点では、説明する側と聞く側で、対象の事柄が脳内で位置しているポジションが大きく違います。説明する側は、これから説明するつもりなので、すでに脳内の中心にその事柄が位置しています。関連する情報も呼び起こされて、いつでも話ができる状態で説明が始められます。一方、聞く側の脳内の中心にその事柄が位置していることは、まずありません。聞く側は、話の直前まで、別のことを考えているのです。
 また、上司は部下へ色々な指示をしています。指示している案件が複数あることもあれば、案件のなかで細かな作業指示を行っていることもあります。このため、上司が、部下であるあなたの顔を見た瞬間に、「あの作業の件で話に来たな」と言い当てることはなかなかできません。当たるとしても、せいぜい、ついさっき指示したことの答えをもってきてくれたときくらいです。
 むしろ、言い当てる以前に、どのような指示をしているか瞬時にリストアップすることもできません。たいていの上司の脳はそこまで優秀ではなく、あなたのことに常に意識しているわけでもありません。

最初に議題・アジェンダを設定する

 このため、説明を始める時点で、何の件をこれから話すのかを伝える必要があります。これにより、聞く側の脳の片隅に格納されていた、その事柄に関する情報を呼び起こしてもらいます。このため、どんな会話でも、まず行うべきなのは、議題・アジェンダの設定となります。
 議題・アジェンダを設定する際には、どの粒度の言葉で指し示せば、相手と共通認識をもつことができるかに留意する必要があります。どの粒度で話せばいいかは、聞く側がどういった粒度で、タスクを管理しているかによります。
 例えば、聞く側が報告を受ける週次会議があるとします。その際、報告の単位が、A案件、B案件のようになっていれば、聞く側が管理している単位は、案件ごとになります。よって、あなたが「何の件か」を指し示すときに、まず伝えることは、あなたが担当している案件名になります。聞く側の管理粒度が顧客であれば顧客名です。
 こうすることで、ようやく聞く側の手持ちの仕事のうち、どの辺りのことをあなたが話そうとしているか、共通の認識を持つことができます。また、聞く側としても、どの辺りのことを話すかがわかることで、どの辺りに格納した記憶を呼び出せばいいか、アタリがついた状態になります。

次に議題・アジェンダを絞り込む

 その状態から行うのが、議題・アジェンダをどのタスクの話かまで絞り込むことです。
 案件でも、顧客でも、いくつのも作業(タスク)が折り重なって仕事は進みます。このため、どのタスクのことを話そうとしているかを指し示す必要があります。
 これは、誰に対して(Who)、いつ(When)、どこの場(Where)で行うどんな名前(What)の作業であるかを端的に伝えてください。作業名だけで共通認識がもてればよいですが、そこまで整然とタスク管理ができているとは限りませんから、5Wの要素を混ぜて、聞く側が、どのタスクのことに意識をフォーカスすればよいか、どのタスクの周辺記憶を呼び出せばいいかを特定しやすいようにします。

議題・アジェンダを省略できる場合

 なお、同じ日に、同じ論点の会話を頻繁に行うような場合、その都度、一から議題・アジェンダの設定を行う必要はありません。一度呼び出された情報は会話が終わったあとも、呼び出しやすい位置に残っています。このため、「先ほどの話の続きです」のような一言で足りることが多いです。
 もちろん、大事な会議を挟んだ場合など、それ以前に呼び出した記憶が吹っ飛んでいる場合もありますので、聞く側の脳の準備状態を確認しながら、会話を進めていくようにしてください。

成功例

「城市さん、少しお時間よろしいですか。相談したいことがあるのですが」
部下の武下君が話しかけてきた。
「ちょっと待って・・・。いいよ。何?」
私は、午前中の打ち合わせメモをメールで送信した後、武下君に話を促した。
「ありがとうございます。相談したいのは、データベースサーバ更改案件についてです。元々、開発部から来週にデータ入れ替え作業するように連絡を受けていました」
「ああ、武下君に顧客との調整を頼んで、作業日が来週になった件だよね。開発部は困ってなかった?」
「ええ。やはり、開発部から作業日を変更できないかと相談がきまして・・・」